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ポストコロナのDX推進

外出自粛要請で業務のデジタル化不足が露見

 新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言による外出自粛要請で、多くの企業がテレワークを実施した。緊急避難的にテレワークを実施したために、各企業ではデジタル化の遅れによる業務の障害が顕在化した。

 本来、企業がテレワークの実施で狙う効果としては、業務の生産性向上、ワークライフバランスの向上、オフィスなどのコスト削減、事業継続性の確保などがあり、これまで各企業はそのバランスを意識しながら取り組んで来た。今回の対応では、否応なく事業継続性の確保を最優先にテレワークを実施したため、様々な歪みが出ており、結果、不要不急の外出自粛の最中、オフィスへの出勤を余儀なくされているケースが多発した。また事業継続性の観点でも、そもそも顧客往訪など営業活動ができず、事業そのものが停止しているケースも散見された。

 このような状況を踏まえ、各社のテレワークの成否は、ビジネス全体のデジタル化の推進状況が大きく影響していると考えられる。多くの企業はテレワークを、あくまでオフィスワークの一部機能の代替ととらえ、必要な場合にはオフィスに出社するといった前提で仕組みを構築してきている。もちろんウェブ会議等のツール類も含めた必要最低限のICT環境は整えているので、平時のテレワークでは特に問題がなかった。

 一方で、今回のようにほぼ全従業員がテレワークを行うような前提で検討を進めてきた企業は多くなかったため、改めて各社の業務のデジタル化の推進状況が、その成否を分けた形になった。

【対社内の業務障害(一例)】
・稟議など社内手続は印鑑文化なので押印のために出社
・経費精算の領収書を提出するために出社

【対社外の業務障害(一例)】
・顧客宛の請求書、契約書等の押印・発送のために出社
・顧客往訪ができず営業活動が停止

 これらの事象はDXの基盤とも言うべき業務のデジタル化ができていない企業で発生することが多い。特に対社内の原因の大半は、企業の業務全体が旧来の紙文化・印鑑文化に縛られており、デジタル化が遅れていることに起因する。

DXの第一歩として業務のデジタル化は必須

 対社内のデジタル化の対応は比較的取り組みやすい。基本となるのはペーパーレスと押印レスである。電子決裁を基本とする社内のワークフロー基盤の活用が肝となる。この取り組みは何より、企業文化そのものの見直しに他ならない。トップ自らが社内業務のデジタル化に取り組むという姿勢が何より重要である。

 電子決裁は業務の迅速化や効率向上、品質向上、統制強化など、様々な効果が期待される。またペーパーレスの実現では印刷コストや書類の保管コストの削減にもつながる。

 対社外の対応について、請求書など取引証票のペーパーレス化では、これまでも電子帳簿保存法の継続的な改正など企業が取り扱う取引証票類の電子化は推進されてきた。最近では2023年から消費税の仕入税額控除の方式として導入予定のインボイス方式(適格請求書等保存方式)に向け、請求書の電子化検討も本格的に始まりつつある。併せて企業間取引の電子化の進展を見据え、制度整備、運用開始を目指す、eシール(Electronic seal:企業の角印の電子版に相当)の検討も進んでいる。

 営業活動の面ではプロセスの再構築とデジタル化の推進により、従来のフィールドセールス中心の活動からインサイドセールスへのシフトなどが考えられる。新規営業については、これまでもインサイドセールスの強みを比較的発揮してきた領域である。自社のウェブや他の営業チャネル等からの問い合わせに対して、一旦、インサイドセールスがアポ取りまで行い、可能性の高い顧客を往訪する営業マンに引き継ぐといったケースである。そのプロセス自体を標準化してデジタル化することが必要である。

 一方でインサイドセールスがあまり導入されてこなかった、既存顧客の深耕やルート営業であっても、今後の対面営業が減る可能性が高いポストコロナ時代では、メールやウェブ会議ツール、ウェブコンテンツ等を用いたインサイドセールスが、効率的で効果的な手段となり得る。従来のフィールドセールス、インサイドセールスといった、明確な分類ではなく、従来型のフィールドセールスができない場合に、自社ではどのような営業活動が効率的で高い効果が見込めるかを考える必要がある。それらの取り組みは、単なる電子化ではなく、営業プロセスの抜本的な見直しにより業務の再構築とデジタル化の推進が必要になる。またそこで扱う顧客や取引先との各種対外書面においても、単なる書面の電子化に留まらず、プロセス自体のデジタル化の推進が必要になる。

 このように個々のデジタル化の仕組みは揃いつつあり、各企業は優先順位付けを行った取り組みが重要になる。

データ活用はDX推進の大きなステップ

 業務のデジタル化が進むと、社内に蓄積されたデータを活用しようとする文化が徐々に醸成される。データを活用したビジネス変革が求められる中で重要なのが、データ基盤である。データが作り出されるシステムがバラバラだと、統合した際に、コード体系が異なったり、同じ顧客や製品でもコードが異なったりと、活用には様々な障害が起こる。社内に蓄積されたデータを活用可能な状態に如何にスムーズに整備できるかがDXの実現に向けた次の大きなステップになる。

 ビジネス変革を起こすようなデータ活用まで到達するには、社内で誰もがデータを活用できる環境が重要である。一部のデータ活用に長けた社員だけでなく、多くの社員が自然にデータ活用できる環境を構築し、データに基づいた判断を行う社内文化を構築することが、新たなビジネス価値の向上につながる。

 データ活用はDXの推進に不可欠であり、そのデータがいつまでも社内のレガシーシステム内でバラバラの管理になっていることは、DXを阻む大きな要因となる。

必要なのは取り組みのメリハリ

 DXに向けた取り組みでは、DXとLX(Legacy Transformation)のバランスが重要である。経団連が発表した、「Digital Transformation (DX)~価値の協創で未来をひらく~」の中では、「DX を推進するための LX(Legacy Transformation)の同時並行での遂行が、多くの企業で急務である。」と記載している。LXとは、経済産業省の DX レポートが「2025 年の崖」と言っている、企業に根差す旧来からの基幹システム(レガシーシステム)からの脱却である。

 ここで注意したいのは、レガシーシステムの問題点である。「レガシーシステム=“悪”」と単純に考えることは正しくない。老朽化したシステムが悪いのではなく、複雑化・ブラックボックス化し、変化に柔軟かつスピーディに対応できないシステムが悪いということを理解すべきである。もちろんシステムの複雑化には複雑な業務にも原因があり、その業務を見直さない限り、最新技術でシステム構築しても、結局、複雑なシステムの焼き直しになり、いつまでたってもLXすら実現できないことになる。

 重要なのはシステムが担う業務の見極めである。事業方針としてどの事業や業務に付加価値や変化を求めるかで、システムの見直し範囲と方針は決まってくる。変化を求める業務ではその変化のスピードに耐え得るような業務システムを個別に構築し、普遍的な業務では極力業務を標準化して徹底的に市販のパッケージシステムを利用することでデジタル化を促進するなど、取り組みにはメリハリが重要である。

 そのような取り組みが業務のデジタル化とデータ基盤の構築を実現可能にし、レガシーシステムからの真の脱却を実現してDXを加速させる。

橋本 隆信リサーチ・コンサルティング部門シニアマネジャー
多様な業種を対象に、IT戦略策定、業務改革、情報システム化計画策定、ITガバナンス構築、内部統制システム構築のコンサルティングに従事。
近年は、業務の抜本的なデジタル化を中心としたDX推進支援に注力。
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