地に足のついた自治体スマートシティづくり①
現在、国家規模のプロジェクトとして「スマートシティ」構想が推し進められている。
AIやICTなどの先進技術やビッグデータの活用により、効率的なまちづくりを実現しようという試みは、さまざまな社会問題の解決や、個人の暮らしやすさの向上につながり得るとして、非常に多くの関心と期待が寄せられている取り組みとなっている。
近年では、国土交通省をはじめ、各省庁における補助事業等による支援の下、地方自治体のみならず、デベロッパー等の都市開発を生業とする企業や、トヨタやソフトバンクといった一昔前まではまちづくりに直接的に関与していなかった企業等、多様な業態の企業も参画し、スマートシティの実装に向けた実証が推し進められている状況にある。
スマートシティへの期待感が高まる一方で、実装に向けた課題にも目を向けるべきであろう。詳細は後述するが、現在のスマートシティの前身となるエネルギー効率化を目的とした環境共生型スマートシティは、一時期、ムーブメントを見せたものの、結果として収束の一途をたどってしまっている。その要因の一つとしては、政府の補助金、自治体の予算、企業の研究開発費が一時的に注入された実証実験が終了した後に、それらの資金に頼らなくともスマートシティを継続させていくことのできるビジネスモデルやサービサーが存在しなかったことが挙げられる。このような問題は、今般盛り上がりを見せるスマートシティの実装にあたっても同様に発生することが容易に推察されるだろう。スマートシティの全国への普及に向けてはこのような課題にも目を向け、より実効性の高い持続可能なスマートシティの構築・運営の在り方についてしっかり向き合うことが必要となる。
とりわけ自治体によって主導される課題解決型のスマートシティでは、必ずしも住民等からのサービス利用料金の徴収が前提とはならない分野も取り扱うことから、持続可能性を確保するビジネスモデルの構築が困難であると推察される。
本編ではこうした動向を踏まえ、自治体における実効性の高い持続可能なスマートシティの構築・運営のあるべき方向性について論じていきたい。
1.全国展開を見据えたスマートシティのモデルケースの創出に国は注力
①スマートシティは環境共生型からデータ利活用型へ
まず、日本におけるスマートシティの変遷や将来展望について改めて確認する。
もともとスマートシティは地球温暖化等の環境問題への意識の高まりをきっかけとして、再生可能エネルギー利用の促進や、エネルギーマネジメント技術を活用したエネルギーの効率的利用により、需要と供給の双方から電力の最適化が可能なスマートグリッドの仕組みを構築し、まち全体での効率的なエネルギー利用を目指す、エネルギー分野を中心とした環境共生型であった。
環境共生型スマートシティは、エネルギー分野に係るデータを活用し、エネルギー利用の効率化という課題解決を実現するものであったが、その後、モビリティやヘルスケアなどのエネルギー以外の分野についてもIoT技術やセンサー技術より取得されたデータを基に課題解決を目指す複数課題解決型スマートシティの考えが登場した。さらに、これらの複数分野のデータを都市OSと呼ばれる分野横断型データ連携基盤で統合連携するデータ利活用型スマートシティの考え方へと変遷を遂げている。
②将来的な全国展開を狙ったスマートシティのモデル創出段階
現在、内閣府によるスーパーシティ構想推進事業、未来技術社会実装事業、総務省によるデータ利活用型スマートシティ推進事業、国土交通省によるスマートシティモデル事業、日本版MaaS推進事業、経済産業省による新スマートモビリティサービス環境整備事業等、国による様々なスマートシティ関連事業が実施されている。
これらの補助事業では先端的サービスの構築、都市OS構築、実装に向けた実証実験の実施等が支援対象となっており、構想・計画段階から実装を見据えた具体的な取り組みが求められる。
また国土交通省によるスマートシティモデル事業では、全国の牽引役となる先駆的な取り組みを行うモデルプロジェクトを創出することが目的となっているとおり、これらの補助事業の目的は、将来的に全国への横展開を狙ったスマートシティのモデルケースの構築にある。国では2022年度以降にこれらの補助事業で創出されたスマートシティ事業をモデルケースとし、日本全国の約100地域に横展開することが目指されている。
2.スマートシティ構想の成功のカギは持続可能性を確保できるか
①スマートシティで前提とされる持続可能性のあり方
スマートシティはIoT技術やセンサー技術を用いて取得されたデータを基に課題解決を目指すものであるが、分野間でデータを統合・連携させることにより、サービスの高度化・効率化のみならず、データ自身の高付加価値化が図られると考えられている。 加えて、このような高度化・効率化されたスマートシティサービスの利用料、高付加価値化されたデータ販売の収益等をもって、スマートシティの構築・運営におけるコストの回収を行う、持続可能な仕組みが構築されることが期待されている。しかし、現実として、データ販売代金やデータ利用料などデータ流通によるビジネスが実現している事例は世界的にもほぼ皆無という状況となっている。
②スマートシティの持続可能性の現実
では、このようなスマートシティの持続的な運営は成立し得るのか。
スマートシティの構築・運営の実施主体によって、民間主導、自治体主導に大別される。(リファレンスアーキテクチャホワイトペーパーでは上記2つに加えて官民連携協議会主導パターンも提示されているが、協議会内でリーダーシップをとるプレイヤーによって、官民連携協議会主導パターンの多くは民間主導か自治体主導のどちらかの性質に寄っていくことが実態である。)
スマートシティにおける持続可能性の考え方については、民間主導のパターンと自治体主導のパターンとでは事業としての性質が異なることから、両者を同列に扱って評価することは困難である。そのため民間主導と自治体主導で区別してそれぞれのスマートシティの持続可能性について論じることとする。
民間主導のスマートシティは、豊洲スマートシティ、大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ、柏の葉スマートシティ、羽田第1ゾーンスマートシティのように、都市開発を生業とするデベロッパーが参画の上、大規模都市開発と組み合わせて構築が行われるものが多い(大規模都市開発型スマートシティ)。この大規模都市開発型スマートシティでは、対象区域の課題解決に加えて、都市開発事業の一環として先進的な都市を構築する、都市の高付加価値化が目的とされている。つまり、スマートシティ化=高付加価値化によって向上する不動産価値、つまり家賃収入の上昇・空室率の低下により、スマートシティの構築・運営にかかるコストを回収することで持続可能性を成立させていることが特徴である。このように、もともとのスマートシティで前提とされていたスマートシティサービスの利用料、高付加価値化されたデータ販売の収益が見込まれない状況においては、大規模都市開発型スマートシティが持続可能なスマートシティの有力なあり方の一つであると考えられる。しかし、大規模都市開発型スマートシティは都市開発事業による相当の収益確保が必要とされるため、土地のポテンシャルが高い都心部など極めて限定的な条件でしか成り立たないと考えられる。
一方で、自治体主導のスマートシティは、公共事業の一環として地域の課題解決に主眼を置いたスマートシティである。そのため、例えば災害リスクが大きい自治体ではその必要性を踏まえ、高度防災システムの導入やデータを活用した高度避難誘導などの防災分野におけるサービスを、民間事業者の採算ベースに乗らない場合でも提供することが求められ、当該公共サービスでは利用者からの利用料金徴収が想定されないことから、自治体には費用負担の決断をすることが求められる。このように、自治体主導のスマートシティは、必ずしもスマートシティサービスの利用料金の回収を前提にするものではなく、スマートシティの構築・運用に係るコスト増に耐え得る継続的な予算確保が必要となる。しかし、そうした予算確保は自治体の財政負担力に左右されることから、自治体主導のスマートシティを持続的に運営できる自治体は限定的であると考えられる。
3.持続可能な自治体主導のスマートシティには“地に足のついたスマートシティ”の推進が必要
① 自治体主導のスマートシティの取り組みの分類
上述のように、自治体主導のスマートシティにおいて、自治体が費用を負担して取り組む分野(=自治体スマートシティ施策)は、民間事業者の採算ベースに乗らないものの、公共サービスとして提供する必要がある分野である。
この自治体スマートシティ施策の性質については、「自治体スマートシティ施策が対応する既存施策の有無」と「自治体スマートシティ施策が目指す効果」の観点から整理すると理解しやすい。「自治体スマートシティ施策が対応する既存施策の有無」の観点では、自治体スマートシティ施策が最先端技術により可能となった全く新しい施策か、これまでにあった取り組みを代替・高度化する施策かで分類する。「自治体スマートシティ施策が目指す効果」の観点では、自治体スマートシティ施策が、マイナスの状態をゼロの状態にするための必要不可欠な施策か、+αの付加価値を創出するための施策かで分類する。 このようにして、自治体スマートシティ施策を4つの類型に分類することができる。
類型Ⅰ:既存の行政サービスを向上させることで満足度を高める施策 類型Ⅱ:切迫度は低いものの、地域の魅力向上のために投資的に取り組む施策 類型Ⅲ:有効な解決策がなかった重要な課題に対して、先進技術を活用して課題解決を図る施策 類型Ⅳ:先進技術の活用により取り組み効果の向上やコスト削減等を図り、既存の取り組みを改善する施策 |
② 自治体主導のスマートシティの取り組み傾向と問題点
現在、国内の先行事例において取り組まれているスマートシティ施策は、自動運転技術を活用したラストワンマイルモビリティの充実、スマート監視カメラを活用した高度防犯サービスや高度防災サービス等、類型Ⅱや類型Ⅲの施策が多く見受けられる。
類型Ⅱや類型Ⅲの取り組み割合が大きくなると、自治体が新たに負担する投資的経費や、サービス提供のコストが増加していくことが問題となる。上述したように、自治体主導のスマートシティにおいては、サービスの持続性を担保するほどの利用料収入が見込まれないことが前提となることから、自治体の財政負担の増加につながるのである。首長のトップダウンで予算が付く場合や国からの補助金等でコストが賄えている期間はよいが、首長が代わったり、補助金が終了した段階で取り組みが継続できなくなる可能性がある。 現在は、スマートシティの実装を先行的に実現するモデルケースの創出段階であるが、今後、全国への横展開の段階においても同様の取り組み傾向が継続する場合、かつての環境共生型スマートシティの二の舞になり、一過性の取り組みになる危険性がある。
③ 持続可能な自治体主導のスマートシティの方向性と課題
では、自治体が持続的なスマートシティを推進するためにはどのようにしたらよいのか。それは、自治体のコスト増につながる類型Ⅱや類型Ⅲの施策だけでなく、既存施策のコスト減につながる可能性のある類型Ⅳや類型Ⅰの施策をバランスよく推進することである。スマートシティは個別の取り組みの中では事業が成立しないため、都市経営的な全体感を持つことでスマートシティ施策全体のバランスをとることが不可欠なのである。
これはある意味当然のことではあるが、現時点において、こうした都市経営的視点でスマートシティの構築を進めている地域はかなり限定的であると思われる。その理由は、類型Ⅱや類型Ⅲの施策に比べ、類型Ⅰや類型Ⅳの施策が推進しづらいことが要因の一つであろうと筆者は考える。類型Ⅱや類型Ⅲの施策はこれまでにない取り組みなので、既存のステークホルダーがおらず、資金さえ確保できれば推進がしやすいのである。一方で、類型Ⅰや類型Ⅳの施策の場合は既存施策があるため、当該既存施策を実施しているステークホルダーがおり、既存施策を変更するような調整が難しいことがハードルとなっていると考えられる。 具体的には、スマートシティは企画課のような分野横断的な部署が所管することが多いが、既存施策は個別の所管課が実施しているため、新たな取り組みの必要性に対する意識のギャップや新たな取り組みによって地元企業の仕事がなくなってしまうのではないかという懸念(あるいは地元からの指摘・圧力)から、積極的な対応が行われないことがある。また、各所管課の施策は総合計画等を踏まえて策定された個別計画に基づき実施されるため、個別計画にスマートシティ施策の位置付けがない状況ではスマートシティ施策に予算措置をして実行することは難しいだろう。
④ “地に足のついたスマートシティづくり”
上述したように、持続可能な自治体主導のスマートシティの方向性を目指す場合においても課題はある。しかし、この課題に向き合い、類型Ⅰや類型Ⅳの施策を推進させることができるような、各分野の個別計画が参照すべき計画としてスマートシティに関する上位計画を自治体として策定する必要がある。
こうした上位計画の策定や当該上位計画に基づく個別計画のスマートシティ対応には、時間や様々な調整を要することが想定される。しかし、今後、国が目指す100地域でのスマートシティを構築する段階においては、新規投資を伴う施策とコスト削減を図る施策をバランスよく実施する都市経営的な視点を持つとともに、自治体全体としてスマートシティづくりに取り組むことを可能とする上位計画を策定することで実行性を備える、“地に足のついたスマートシティづくり”が求められるのではないか。
スマートシティ分野では、自治体・企業の戦略・実行計画策定、実証事業におけるプロジェクトマネジメントを支援。
スマートシティ分野では、自治体・企業の戦略・実行計画策定を支援。