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HRテクノロジーは人事の未来を変えるのか?

近年、わが国においてもHRテクノロジー(略称HRテック)という用語が浸透してきた。HRテックとは、「HR:人的資源」と「テクノロジー」を掛け合わせた造語で、「テクノロジーを用いて、HR領域の効率化および高度化を実現する手法」と定義できる。HR領域の業務には、採用、配置・異動、評価、育成、リテンションおよび各種労務管理などがあるが、これらの領域において、テクノロジーを用いて効率化・高度化を実現する手法がHRテックである。  HRテックの具体的なサービスには、労務/給与管理システム・採用管理システム・タレントマネジメントシステムなどが挙げられる。HRテックの普及が先行したのは米国であるが、すでに日本でも数多くのサービスが市場に出てきている。そのため、何らかのサービスを導入済み、もしくは導入を検討している組織も多いだろう。それでは、組織がHRテックを導入することで、人事の姿はどのように変わっていくのだろうか。

HRテック導入によりもたらされる効果

組織がHRテックを導入することで期待される効果は主に以下の2つである。
① HR領域の既存業務の効率化(=今までやっていた人事業務がスピーディーに進む)
② HR 領域において最適な人事施策を立案し、人材マネジメントの高度化を図る (=テクノロジーの力を借りて、組織内の人事課題解決に向けた施策を適時適切に 立案・実行していく)

①はHRテックを「導入するだけ」で享受することができる効果である。例えば、給与計算や勤怠管理において、サービス導入により各種申請・精算プロセスが自動化され、煩雑な手続きがなくなるのは分かりやすい効果の一つである。他部署と比較しても、人事部は旧式のオペレーションが残りがちな部署であり、非効率な業務が多く残っていることも多い。そうした組織においては、こうした業務効率化の効果を意図してHRテックを導入することもあるだろう。

しかし、世の中の多くの人事部がHRテックに望んでいる効果は①ではなく、むしろ②の方ではないだろうか。HRテックの導入により、人事データを効率的に収集・分析できるようになり、その結果「ハイパフォーマーの計画的な育成」「離職者および採用コストの減少」など、従来は前に進めることが出来なかった人事施策を確実に立案して実行できるようになる、というものである。こうした人事施策を実行することで、事業遂行に寄与するような人材マネジメントを実行していくのである。実際に、筆者がHRテックを導入したいと考えている企業の方とディスカッションをしていても、前述のような効果を期待して導入を考えていることが多い。

②の効果についてもう少し詳しく見ていこう。人事上の課題解決に向けた人事施策を策定する際、「人事上の課題を特定→課題解明に向けたデータの選定・収集→収集したデータの分析→分析結果を基にした人事施策の策定」というプロセスを回していく必要がある。HRテックは、前述のプロセスを確実かつ早く回していくことに寄与するツールとして位置づけられる。具体的には、HRテック導入に伴い、以下の事項が実行可能になることで、前述のプロセスを確実かつ早く回すことが可能になってくる。

(ⅰ)導入前よりも幅広いデータを扱うことができる。
⇒システムの機能を用いて従業員から新規のデータ(ex. エンゲージメント、キャリア 意向等)を収集したり、従来別形式で保持されていたデータを集約化したりすること が可能になるため、より幅広いデータを扱うことが可能になる。

(ⅱ)導入前よりも必要なデータの収集を迅速に行うことができる。
⇒システム内に既にデータが格納されていたり、システム内でサーベイを実施したり することも可能であるため、必要なデータを迅速に収集できる。

(ⅲ)導入前よりも高度な分析を行うことができる。
⇒変数と分析手法を選択するだけで必要な分析を実施できるだけでなく、多変量解析・ 機械学習などの高度な分析も比較的容易に行うことができる。

上記の事項が実行可能になると、幅広いデータの参照や高度な分析を通じて、導入前よりも課題の実態や背景をより正確に捉えられるようになる。それが、結果として精度の高い人事施策の立案・実行にもつながるのである。
また、人事施策の立案・実行までに要する時間がより短くなるのもポイントの一つである。組織が直面している人事上の喫緊の課題に対して、年単位の時間をかけて対処しているようでは、検討中に課題が深刻化したり、原因が移り変わったりして、結果として的外れな人事施策を立案することにもなりかねない。HRテックを用いて、必要なデータ収集・分析を迅速に行うことが出来ると、タイムリーに課題の原因を突き止めて、的確な人事施策の立案に移ることが可能になる。

「管理部隊」の人事から「企画部隊」の人事へ

前述のHRテック導入により得られる効果、特に②の効果によって、人事はどのような姿に変化していくのだろうか。筆者は、HRテック導入により、人事は「管理部隊」から「企画部隊」へと変化することが期待できると考える。
日本の組織の人事部は、給与計算・勤怠管理・社員からの問い合わせ対応など、いわゆる管理業務を中心に従事する傾向が強い。組織運営を行っていく上で、こうした業務が大事である一方で、人事部のより重要な役割として「組織の戦略が確実に遂行されるように人材マネジメントの観点からサポートすること」(=戦略人事)が挙げられる。組織が戦略を遂行しようとする際、「どのような人材をどの程度配置するのが最適か分からない」「優秀な人材の離職が相次いでいて人材が不足している」といった人材面の課題は常に生じてくる。こうした課題に対して、解決に向けた適切な人事施策を経営陣に企画・提案し、着実に実行していく役割が昨今の人事部には求められているのである。
前述の通り、HRテック導入により、少なくとも導入前よりは人事上の課題およびその原因を正確に捉え、人事施策に繋げていくというアクションを取りやすくなってくるのは事実である。そのため、人事部がHRテックを上手く活用していけば、組織の中で「管理部隊」から「企画部隊」へ役割転換を果たすことが可能になってくると期待される。

HRテックを「活かす組織」の重要性

ただし、一点注意が必要なのは、HRテックを導入したからといって、自動的に「企画部隊」の人事になれるわけではないという点だ。つまり、前述の「人事上の課題を特定→課題解明に向けたデータの選定・収集→収集したデータの分析→分析結果を基にした人事施策の策定」のプロセスを、HRテックが自動的に回してくれるということは無いのである。
例えば、ハイパフォーマーの探索・育成の場合、「そもそも自社のハイパフォーマーはどのような指標で定義すべきなのか」、「その指標を捉えるためのデータはどこに存在しているのか」といった基本的な議論を人事部主導で実施した上で、必要なデータをシステムに投入するという所からスタートする。ハイパフォーマーの定義や各種データを収集できる体制が整った段階で、システムを用いて統計解析を実施し、組織内のハイパフォーマーが探索できるようになるわけだ。「今後ハイパフォーマーをどのように育成していくか」という点についても、システムは「組織内の誰がハイパフォーマーの条件に該当しているか」は示してくれるが、育成の方針自体は皆で議論・検討していくことが必要である。

図ⅰ HRテック導入により得られる効果(日本総研作成)

要するに、HRテックを活用しながら、前述のプロセスを回していくことを主導する人材・組織体制が不可欠なのである。(図ⅰ)逆に、そうした人材・組織体制が全くない状態でHRテックを導入してしまうと、「HRテックが全く使われないまま放置される」というもったいない事態にもなりかねない。また、今後HRテックが技術的に進歩し、前述のプロセスを自動的に回すことが可能になったとしても、実際の人事上の意思決定に人が関与しないと従業員が納得する人材マネジメントを遂行するのは難しいだろう。そのため、今後どのようなHRテックを組織に導入するにしても、HRテックの活用を主導する人材・組織体制は必要になってくる。
確かに、HRテックの導入は、人事部が「企画部隊」の人事へと変わる大きなチャンスである。ただし、そのためには、導入と並行してHRテックを実際の人事に活かすための人材・組織体制を整備していくことも大事になってくることに注意しておく必要がある。

方山 大地ストラテジー&組織・人材開発グループコンサルタント
入社以来、一貫して人材・組織マネジメント領域のコンサルティングに従事。近年は、組織がHRテクノロジーを活用した時の人材マネジメントの在り方に関する調査・研究も行っている。
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