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人と都市との対話によるまちづくり(前編)~Beyond Smart Cityを目指して~

Sidewalk LabsのQuayside再開発事業からの撤退

2020年5月7日、2017年に発表されてからスマートシティの「壮大な実験」と呼ばれ、大きな期待を持たれていたGoogleの兄弟会社であるSidewalk LabsがトロントのQuayside地区再開発事業からの撤退を発表した。このニュースはすぐに世界に駆け巡り、スマートシティに興味を持ち、またスマートシティ事業に関わっている多くの人々に衝撃を与えた。

Why we’re no longer pursuing the Quayside project — and what’s next for Sidewalk Labs

今回、Sidewalk LabsがQuayside地区再開発事業から撤退したのは、再開発地区に公共交通機関の乗り入れのために州政府に数百万ドルの投入を求める提案をしたが、州政府がそれを拒否したことで、Sidewalk Labsは自社だけでプロジェクトを完成させることは不可能であるという結論に至ったからである。(*1)そもそもSidewalk Labsが不動産開発事業のノウハウを有していなかったため、世界的なコロナの影響による不動産価値の減少に対して有効な打ち手を持てなかったことなどが考えられている。このように、その撤退の理由に関して、様々な憶測が流れているが、世界的に注目されていた本事業の終焉はスマートシティの分野に対して大きな影響を与えるものであることは間違いないと言えよう。 本稿では、Sidewalk LabsのQuayside再開発事業からの撤退という世界的なニュースを受けて、改めてスマートシティを捉え直したいと考えており、スマートシティの今までの軌跡と、これまでの事業の問題点、これからのあるべき方向性について論じていきたいと思う 。

スマートシティの通った道

オバマ大統領のグリーン・ニューディール政策を背景に、2009年に多額の投資を行うと発表して話題になったスマートグリッド、そして、その流れから2010年頃には、都市を丸ごとスマート化する「Smart City」というキーワードが注目されはじめ、その後、多くの国々で大小さまざまなスマートシティの実証実験が行われた。日本においても2010年度に経済産業省「次世代エネルギー・社会システム実証事業」、内閣府「環境未来都市構想」、2012年度に総務省「ICTスマートタウン構想」事業が開始されるなど、政府が積極的にスマートシティに関わり、スマートシティプロジェクトは官民双方で国家規模の取り組みとして一世を風靡した。

筆者はこの時期に外資SIerにてスマートシティの事業開発に従事していたが、当時は現在の「GAFA」や「MaaS」のように、ネットニュースでは日々「スマートシティ」の文字が溢れ、SIerやコンサルティング企業などのホームページでは専用ページが設けられて、その実績が喧伝されていた。そのブームにおける一つの区切りは「次世代エネルギー・社会システム実証事業」の終了が見えた2014年頃のように思われる。その頃からスマートシティという言葉よりもIoTやAIといった言葉をビジネスの中で使用する頻度が多くなった気がする。

スマートシティ事業の現場に関わっていた者として当時を振り返ると、「スマートシティ」という言葉が収束した理由としては、①政府の補助金や企業の研究開発費が一時的に注入された実証実験が終了した後に、それらの資金に頼らないでもスマートシティを継続させていくビジネスモデルやサービサーが存在しなかったこと、②スマートシティのために構築したサービス、データ連携基盤に対して運用費をかけてまで利用しようというユーザーニーズが少なかった、③メーカーのプロダクトアウトな提案が多く、市民の認知が進まなかった、ことなどが考えられ、技術的な側面よりもビジネス面の課題によって社会実装が進まなかったといえる。

昨今のスマートシティの動向と特徴

次に筆者が「スマートシティ」という言葉を聞いたのは2016年、CEATEC JAPANでの海外スタートアップ企業のプレゼンテーションであった。すでに日本では「スマートシティ」という言葉自体をあまり聞かなくなった中で、米国、インド、フランスなどのスタートアップ企業が自社のサービス、製品がいかにスマートシティに貢献するかをアピールしていたのが印象に残っている。スマートシティブームの牽引役であった米国では、オバマ大統領が2015年に1億6,000万米ドル強を投入し、地域社会主導で都市の課題解決を促す「Smart City Initiative」を立ち上げた。2016年には、新たに8000万米ドル強が追加投資され、参加する都市およびコミュニティの数も2倍以上の70都市とするなどさらに拡充された。また、米運輸省は、2015年に都市独自のモビリティ分野の課題解決アイデアを都市間で競う「Smart City Challenge」と呼ばれるコンペを実施し、最も優秀な提案をしたコロンバス市には、そのアイデアの実装のために4,000万米ドルの助成金を提供した。(*2)

翻って日本に目線を移しても、2016年度に総務省が「データ利活用型スマートシティの基本構想」を取りまとめ、それを受けて2017年度には「データ利活用型スマートシティ推進事業」が開始され、2018年6月には国土交通省から「スマートシティの実現に向けて」の中間とりまとめが発表された。一つの収束がきたと筆者が思っていたスマートシティではあったが、このような米国や日本の状況を見ても、世界においてはその流れは着実に進んでいたと言える。

2017年にGoogleの兄弟会社Sidewalk Labsが、カナダの首都トロントQuayside地区の再開発を行うと発表されてから、スマートシティという言葉は再びメディアで大きく取り上げられるようになった。「Googleのまちづくり参入」というインパクトのあるニュースによって、日本においてもそのコンセプトは日増しに注目を集め、CES 2020でトヨタ自動車が静岡県裾野市にWoven Cityを開発すると発表した今日において、国内では「第二のスマートシティブーム」が到来したと感じている。

最近のスマートシティの特徴としては、Google、トヨタといった民間企業が主導をしていることと、各社の戦略に基づいて、データ活用、モビリティの色合いが強いことが挙げられる。先ほどスマートシティという言葉が収束した理由として、ビジネスモデルやサービサーが存在しなかったことを挙げたが、データやモビリティといった幅広い業界に関係するテーマが、スマートシティの中心に躍り出たことは、今後のスマートシティの実装にとってビジネス領域の裾野が広がるという点で好材料であると言えよう。

国内におけるスマートシティの変遷

過去に計画されたスマートシティの現状と課題

将来的にスマートシティを成功に導くために、一つ振り返らなければならないのが、今まで計画されてきたスマートシティプロジェクトのその後である。その歴史を振り返ると当初は夢のように語られていた世界が現時点で全てがうまく進んでいる訳ではないということが見て取れる。

2010年頃のスマートシティ界隈で大きな夢として語られていた「マスダールシティ」は、UAEのアブダビ近郊でゼロ・エミッションを目指し、人口5万人規模の都市開発を行うという壮大な計画であった。この壮大な計画にはリーマンショックが大きく影響し、その計画の発表から10年が経った現在でも、わずか5パーセントしか完成しておらず、「ゼロ・カーボン」ではなく「ロー・カーボン」に計画変更をしたり、目玉であった個人用高速輸送システムも大量輸送機関に修正したりするなど、その都市計画は大きく矮小化されている傾向にある。(*3)

マダールにおける都市開発

韓国政府による「ユビキタスシティ」プロジェクトの後押しを受けて仁川で建設計画が進んだ「松島(ソンド)新都市」では、当初は大規模・グリーンフィールドのプロジェクトで世間の耳目を集めたが、10年を超える長期間の都市建設は、現時点では中途半端な状況で止まってしまっている。長期のスマートシティ建設に対して資金回収のめどが立たない、他地域への横展開の可能性が見えないことから、都市建設に関わるコンソーシアム参加企業が離脱したことがその一つの要因と言われている。中途半端に開発された地域は、現在はソウルで不動産を取得できない低~中間層の、単なるベッドタウンになる可能性がある。(*4)

先ほど取り上げたSidewalk LabsによるQuayside再開発に関しても、資金面の領域以外で、今までも多くの懸念点が指摘されてきた。個人情報の取得、管理、活用、情報漏えい等に対する不信感、個人のプライバシーの権利の侵害への懸念、絶えず監視が続くという住民の不安などを払しょくできず、一部では住民訴訟に発展した。また、Sidewalk Labsという営利企業が「まち」を運営することに対して、そこに住む様々な属性の人々に対して、公平なサービスを提供できるかどうか、営利企業1社の意見によりまちづくりの全てを進めて良いのかという公平性・平等性への懸念も根強くあった。(*5)

目指すべきスマートシティの姿と考え方

現代は「都市化の時代」とも言われているように、2018年現在、世界人口の55%が都市部に暮らしている。その割合は2050年には68%になると国際連合は予測しており(*6)、交通渋滞やゴミ廃棄、水質汚染など都市部ならではの課題が多々発生してくることは容易に想定される。これらの都市課題を解決するために、日々新たに生み出されるデジタル技術を活用し、スマートシティを目指すことは必然的な流れであろう。しかし、先述したとおり、スマートシティが社会に実装されることには多くの乗り越えるべき課題があり、そしてリアルに住む人々の幸せに必ずしも直結しない可能性もある。ISOの規格の一つである「ISO/IEC 30182:2017 Smart city concept model. Guidance for establishing a model for a data interoperability」では、スマートシティは以下のように定義されている。

“2.14 smart city
Effective integration of physical, digital and human systems in the built environment to deliver a sustainable, prosperous and inclusivefuture for its citizens”(*7)

ここで特徴的なのがデジタル以上に、「ひと」にフォーカスが当たっていることである。デジタル化による都市部の課題解決、そのためのスマートシティの構築はもちろん重要ではあるが、それはあくまでそこに住む人々の幸せを実現するための一手段であり、都市のスマート化自体が目的ではない。リアルの世界に生きる人々の幸せを実現するためには、まずは人々にとっての幸せとは何か、そのためには何が一番の解決策になるのかを、デジタルファーストに陥ることなく常に問い続けることが重要であろう。その上で必要なことは、人と都市との対話ではないか。これは単に都市の各種データを連携させて新サービスを住民に提供するという一方向でのやりとりではなく、人と都市の間での相互フィードバックを通じて、人々の幸せを目指して成長し続ける都市を目指すことである。

スマートシティには多くの資金がかかり、それ故に資金面で折り合いがつかなくなったり、作り上げようとしている都市の価値が上がらなかったりで、その計画が途中で頓挫する可能性があることは、過去のスマートシティの事例や、Sidewalk LabsのQuayside撤退からも見て取れる。資金を集めるため、都市の価値を向上させるためには、ひとえに人々にとって、その都市が住みやすく、魅力的に思われることが重要であり、都市が住民の幸せやニーズを不断に汲み取っていくことが重要になってくる。果たして、最新のデジタル技術を多くの人々は求めているのか…

奇しくも、昨今のコロナウィルスの流行に伴い、在宅での勤務、消費活動が推奨される中で、人々の生活におけるデジタルに対するニーズは飛躍的に高まってきている。それらの人々のニーズを吸い上げて、スマートシティがさらに進化し、より人々の幸せに寄与した存在になること、スマートシティを超えた「Beyond Smart City」を目指すためには、先述したように、人と都市の対話が重要なカギとなってくる。そしてその対話を実現するために、今後より重要になってくるのは人と都市が対話を行うためのインターフェースの構築にあると個人的な仮説を持っている。対話のインターフェースはどのようなものになるか、また、その可能性については、本稿の後編にて、引き続き詳述していきたい。


*1:Aarian Marshall.「グーグルがトロントで夢見た「未来都市」の挫折が意味すること」.WIRED.2018年5月9日
*2:国立研究開発法人 情報通信研究機構 (北米連携センター).「米国におけるスマートシティに関する 研究開発等の動向」.2017年3月
*3:Laura Mallonee.「フォトストーリー:アラブの砂漠に建つはずだったユートピア「マスダール・シティ」」.WIRED.2016年7月17日
*4:Record China.「10年以上も焼け野原状態…韓国の未来都市計画の現状とは=韓国ネット「誰のための開発?」「事業性がないから」」. 2018年3月6日
*5:ISO.” ISO/IEC 30182:2017 Smart city concept model — Guidance for establishing a model for data interoperability」.2017年
*6:United Nations.” 2018 Revision of World Urbanization Prospects” .2018年
*7:Susan Crawford.「グーグルはトロントにとって、本当に「よき管理人」なのか──未来都市が生み出す「情報の価値」の真実」.WIRED.2018年3月1日
井村 圭都市・モビリティ デザイングループコンサルタント
外資コンサルティングファームにてスマートシティ事業に従事し、現在はスマートシティ、MaaS、イノベーション領域を中心に活動。STARTUP CITY SAPPOROアドバイザー。
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