[鼎談]新しい価値観を世に送り出すチェンジメーカー 小林りん×村上 芽×八幡晃久

次世代起点でありたい未来を実現するため、予測不可能と言われる時代に変化を起こしていく人材の育成について、次世代の学びを実践的に探究する3人で話し合いました。

小林りん(こばやし りん)
ユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)ISAKジャパン代表理事。
高校時代、経団連からの全額奨学金をうけて、国際教育機関UWCのカナダ校に留学。友人の影響でメキシコの貧困街を訪ねたことをきっかけに、大学で開発経済を学ぶ。前職では国連児童基金(UNICEF)のプログラムオフィサーとしてフィリピンのストリートチルドレンの教育支援に携わる。2007年に発起人代表の谷家衛氏と出会い、学校設立計画に着手。2014年に日本初の全寮制国際高校であるインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)を創設。2017年に同校がUWCの世界17校目の加盟校となる。同校では70%の生徒が返済不要の奨学金制度を活用し、現在約80カ国以上から約200名の高校生が学んでいる。2020年UWC国際理事就任。
村上 芽(むらかみ めぐむ)
株式会社日本総合研究所 シニアスペシャリスト。
専門分野は、ビジネスを通じたSDGsへの貢献、インパクト創出に関する調査研究、サステナブルファイナンス支援。ESGや気候変動に関する企業調査の経験が長く、最近は、子どもの参加論や独自コンセプトに基づく「SAKI(Sustainability Action and Knowledge Immersion)プログラム」によるサステナビリティに貢献する人材育成支援等を手がける。論文「ビジネスと子どもの権利を考える」「サステナビリティ人材を育成する」(共に『JRIレビュー』所収)。著書『図解 SDGs入門』『少子化する世界』、共著『日経文庫 SDGs入門』(いずれも日本経済新聞出版)など。内閣府「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」委員、東京都環境審議会臨時委員、大阪府SDGs有識者会議メンバー。
八幡晃久(やはた あきひさ)
株式会社日本総合研究所 未来デザイン・ラボ 副部長/シニアマネジャー。
「未来洞察~変化の兆しを着想として“ありうる未来”を描くことで、新たな可能性に気づく方法論~」を専門分野とし、新規事業機会の探索、長期経営ビジョンの策定等を支援。近年は、大学生向け未来洞察に加え、高校生向けのプログラム提供を試験的に開始。「未来を考えることを楽しいと思える」ことをベースに、「自身の新たな可能性に気づく」、「自分なりの問いに出会う」など、セレンディピティにつながるような新たな学びの場を構築すべく、鋭意奮闘中。自身、アラフォーかつ小学生2人の父親でもあり、「子どもと一緒に学ぶことで、親のアンラーンを誘発するような親子向け未来洞察プログラム」も構想中。共著『新たな事業機会を見つける未来洞察の教科書』など。

身近な変化を起こすことから育つチェンジメーカー

八幡
ISAK(*1)はチェンジメーカーを育むことをミッションに掲げていらっしゃいます。チェンジメーカーというのはどういう人を指すのか、なぜチェンジメーカーという表現を使われておられるのかを改めてお伺いしたいです。
小林
社会問題や国際問題は、かつては政府や国際機関が変えてくれるものと期待されている対象でしたが、今は誰でもアクションが起こせる時代です。生徒たちにはどんな規模の組織、分野でもいいので、肩書やポジションではなく自分の立ち位置から変化を起こせる人になってほしいと思っています。グローバルリーダーとの違いを聞かれることも多いのですが、グローバルリーダーは大きな組織の偉い人を想起しやすい響きがあるので、チェンジメーカーという表現を使っています。
村上
誰でも持ち場からという点にとても共感します。言われたからではなくて、自分がそこからどうスタートできるかを考えることが大事だと思っています。一方で一人ひとりがどこまで飛べるか、長い時間軸で考えられるかというと簡単なことではありません。私はSDGsをコミュニケーション手段として活用しながら、今やっていることをSDGsにつなげてみる、2030年のありたい状態から今を考えてみるという2方向からアプローチする方法で支援をしてきましたが、ISAKでは経験が限定的な10代の学生とどうやって長期的な問いを立てておられるか興味があります。
小林
小さな変化を起こした経験なく大きな変化を目指すことは大変だと思うので、小さな一歩をとても大事にしています。いきなり2030年を考えるんじゃなくて、例えば校則等の身近なことで、入学時には疑問がなくても今は違うと感じるものを問うてみるといったことです。今見えている範囲から何かを変えていく一歩を踏み出すことが大事だと思います。
(*1)インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢

チェンジのための「問い」を多様性から育む

八幡
ISAKでは生徒の多様さについて、地域はもちろん、育ちとか豊かさといった点も含めての多様性をケアしておられるかと思います。チェンジメーカーを世に送り出すというミッションと、多様性のある環境で育てるということはどうひもづいているのでしょうか。
小林
チェンジを起こすには、多様な視点が必要になります。気候変動は最たる例ですが、教育でも、画一的な空間で画一的な価値観の人と話していても答えは出にくいのではないでしょうか。立場の違う相手のことを考えることができて、いろいろなステークホルダーを巻き込んでいく素養がイノベーティブな答えにたどり着くための鍵と考えています。
八幡
多様なものの見方のなかで、問いの発見やソリューションが多面的になっていくという点は、未来洞察と通ずるところがあるなと思いました。未来洞察では、「変化の兆し」と言われる情報にたくさん目を通します。例えば、バルセロナでマイカーを手放した人に3年間公共交通機関を無料にする施策が始まったというニュースがありました。マイカーという移動の自由や快適さを手放すことがsocial goodな行為になり、別の形で移動の自由度を高める仕組みが検討されています。疑似体験的ではありますが、これを高校生や大学生と一緒になって「そういえば公共交通ってどういう存在なんだっけ」とか「移動の個人の自由と公共の利益のバランスってどう考えたら良いのだろうか」という議論をすることで多様な考え方が世の中にあるというエッセンスを感じてもらい、新しい発見や問いを生む機会になったらいいなと思っています。
小林
素晴らしいと思います。子供たちは素直でアンテナの感度が高いので、ハッとつかむ瞬間があるはずです。いろいろなところにそういう種がある社会を作れたら良いと思います。
村上
私も英国のUWC(*2)の卒業生なのですが、卒業してから、UWCは多様性を大事にするという人たちばかりが集まる特殊な環境だったということに気づきました。そうではない環境とのギャップの埋め方も知らないままに卒業したので、戸惑うことがありました。ISAKではどんどんチェンジメーカーが育っていると思いますが、「形状記憶合金」と言われたりもする日本社会に出ていく時に、どういう言葉をかけておられるのかを知りたいです。
小林
核心をついた質問ですね。実は生徒からもダイバーシティが大事だと思っている生徒ばかりが集まっていることは多様なのかと言われています。ダイバーシティが良いと思っているが故に、一定のポリティカルなビューを持っている人が集まりがちであることは確かです。そうじゃない人が実はいるかもしれないし、その人たちが「それは違うと思う」と言える環境をどう作ったらいいかを校長や生徒たちと話しています。私たちの学校はダイバーシティだけど盲点もある、この部分だけはダイバーシティじゃない、といったことを自覚することは重要だと思います。
村上
すごく良い環境だったと思っていますが、一方で多様性もしんどくなる時もあって、日本人同士で話したいときもあったし、多様だからこそアイデンティティーを意識させられることもありました。アイデンティティーという言葉を日本語に簡単に言い換えられないと気付いたのもその頃でした。
小林
ダイバーシティの中にいた人にしか見えないアイデンティティーがあると思っています。日本の中ではずっと「あなたははっきりとものを言いすぎる」と言われてきましたが、海外に出てからは「あなたは回りくどく話すからYESかNOかわからない」と言われることがあり、自分の日本人的な一面を認識する経験をしました。自分と違う価値観の人をケアできることと同じぐらい、それを通して自分自身を理解するということが大事だと思います。
(*2)ユナイテッド・ワールド・カレッジ。世界各国から選抜された高校生を受け入れ、教育を通じて国際感覚豊かな人材を養成することを目的とする国際的な民間教育機関。

大人たちはチェンジメーカーから何を学ぶか

小林
小さな変化を起こすことによって、次の2つのどちらかの体験が得られれば、次につながると思います。一つは、小さな成功体験。もう一つは、失敗してうまくいかなかったけど「死にはしなかったし、またやってみるか」という考え方です。失敗した人をたたいてつぶしてしまうことは、当事者意識やイノベーションが起きなくなるので、企業においても絶対に無くすべきです。そうした体験を得られる学校文化、企業文化は大人側が作らなければいけないものだと思います。
八幡
ISAKやベンチャー企業のように、新しく作られた成長前の小さな組織であれば、比較的そのような文化を醸成しやすいと思います。一方で、歴史ある大企業や学校組織の場合、従来の組織文化を変えていくのは、たとえリーダーが本気で必要性を感じていてもなかなか難しいと実感しています。挑戦した若い人は、失敗しても成功しても報われず、組織を飛び出してしまう。結果、組織文化だけが変わらず残り続ける、というのが、多くの大企業で起こっていることではないでしょうか。
小林
歴史のある大きな企業がベンチャーや若い世代との連携を進めているケースもあり、中の人と話すとマインドセットも180度変わっているので、変わることは可能と思っています。私は入り口・真ん中・出口の一貫性を常に意識するようにしています。学校であれば入り口となる入試でイノベーティブな人、チェンジメーカーの素質がある人を取っているか。真ん中として、入学後に素質を一緒に伸ばしていくプログラムを提供できているか、出口として、上から順に偏差値の高い大学に進学させるのではなくて、本当に行きたいところに行けるように、起業さえも後押しできているか、といったことです。企業だと、トップがイノベーションの重要性をうたい研修もたくさんやっているのに、採用では出身大学しか見ていなかったり、人事考課では新しい取り組みへの評価がされていなかったり、ということがあると思います。どの組織でも、入り口・真ん中・出口に一貫性を持ってやっていれば、必ず変われると信じています。
八幡
私たちのパーパスには「傾聴と対話」というキーワードが入っています。特に次世代と一緒の取り組みに対して正しく傾聴と対話をすることは、認知の枠を外すことでもあり、難易度が高いと思っています。小林さんが次世代、例えばISAKの生徒の皆さんと話すときに気をつけておられることがあるのでしょうか。
小林
ある経営者から、最低10歳、できれば20歳、自分より年上の人、年下の人と付き合うようにとアドバイスをいただいたことがあります。年上の方からの学びはもちろんですが、教育現場では生徒の方がニーズを明確に認識していて教えてもらうことが多いですし、経営者でも10-20歳年下の経営者と話すと学びがあります。若い人は変化のスピードが速いし、新しいもの、良いものを取り入れるスピードも速いです。年を取るということは、知識や経験が増えることだけど、死角も広がっているということを自覚しないといけないと思っています。
八幡
大人たちがチェンジメーカーから新たな価値観を学び、その視点から組織のあり方を変革していく姿勢が必要ですね。ありがとうございました。