[対談]パーパスと未来社会価値研究所 足達英一郎×岩嵜博論

足達英一郎(あだち えいいちろう)/左
ESGアナリスト。株式会社日本総合研究所常務理事・未来社会価値研究所長。05年~09年、ISO26000「組織の社会的責任に関する国際規格」策定に携わる。共著書に『環境経営入門』、『自然資本入門』、『投資家と企業のためのESG読本』など。
岩嵜博論(いわさき ひろのり)/右
武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授/ビジネスデザイナー。ストラテジックデザイン、ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら、ビジネスデザイナーとしての実務を行っている。著書に『パーパス 「意義化」する経済とその先』など。

パーパスであぶり出す企業の社会的存在意義

足達
御本を興味深く拝読しました。広告代理店で約20年働かれた後にこのテーマを取り上げた理由をぜひ伺いたいです。
岩嵜
グローバルでビジネスのイシューが変化していると感じていました。単に利益を上げて、株主に還元をするというモデルが立ち行かなくなっているのではないかと。そして戦略をシフトしていくための議論がパーパス=社会的存在意義という言葉で語られていると気付いたのが経緯です。足達さんはパーパスが盛んに語られている現在の状況をどのように捉えていますか。
足達
この議論の舞台は長らく欧州でした。冷戦が終結し、失業者が増えていく中でNGOや組合が政府や企業に「企業の社会的責任」を迫ったのが始まりです。対照的に、米国は人口が増えており、フロンティア精神も健在で、そうした感覚が拡がらなかった。その米国でも、ステークホルダー主義の考えが大きくなっています。この先、自分自身は、企業の稼いだ分け前を配分する顔ぶれが増えるだけになるか、巨大化する社会の在り方自体を見直していく流れになるか、興味深く見ています。

パーパスに向かい舵を取る日本総研

岩嵜
日本総研のパーパスの議論に伴走させてもらいましたが、ある頃から「傾聴と対話」という言葉が出てきて、そこから皆さんが前のめりになっていったのが印象的でした。ビジネスシーンでは非常にユニークな表現ですよね。
足達
確かにそうですね。発端には各人が自分の頭で考えたり身体で感じたりしないと、本当の問題解決はないという実感があります。例えば自分は長年、地球環境保全等の論を発してきましたが、大気中のCO2の濃度は全く下がっていない。発信という一方向ではダメだという実感は他のメンバーにもあって、どうしたらいいだろうかという議論の中で「傾聴と対話」が出てきました。ただ「行うは難し」とも感じています。パーパスが社員の行動ににじみ出るようにするヒントがあれば教えていただきたいです。
岩嵜
私はよくビジョンを一つの組織しか乗ることのできない小さな船、パーパスはより多くの方が乗れる大きな船という表現をします。「次世代起点でありたい未来をつくる。」は日本総研だけで実現するものではないですよね。パーパスの議論を真ん中に置き、賛同いただいた方々と一緒になってあるべき世界を目指す。これが本当のパーパスの具現化と思います。
足達
企業は「どういう社会をつくりたい」、「何々のビジネスはやらない」と臆せず語る時代です。「政経分離」と言って、こうした表明を避ける向きもありますが、結果、競争力を弱めたり、魅力をグローバルに発信できない状況が生まれていると感じます。
岩嵜
重要なイシューです。がむしゃらに働き、良いといわれるものを一方的に生産・消費するスタイルが世界的に疑問視され始めています。そうではない形が生活者から望まれるようになり、企業も社会の在り方を考えざるを得なくなったと思います。

未来社会価値研究所の設立に込めた想い

岩嵜
10月に設立された「未来社会価値研究所」はまさにそうしたニーズを未来視点、未来視座で捉えることに挑戦されるものと感じました。活動をもう少し具体的にお伺いしたいです。
足達
当初、想定しているテーマは二つです。一つは、企業が生み出す価値やビジネスの在り方を捉え直す構想を示し、リトマス試験紙のように活用いただくものです。例えば、「世の中に株式市場は必要か?」といった議論を真面目にやりたいと考えています。二つ目はZ世代を対象に、世の中で常識とされている考えとの違和感、あるいはこうありたいと考えている自画像や未来像の言語化・可視化を支援するようなシンクタンクを作るアイデアです。
岩嵜
興味深いですね。米国においてB Corp(*1)が注目されていますが、新しい姿を模索する企業に対し物差しを示しているからと考えています。まだ社会的責任に関する情報が少ないこともあり、加入者同士の連携も生まれていると聞きます。日本の経営者においても類するニーズがありそうです。次世代シンクタンクについては、若者には自分たちが何を思っても社会は変わらないという考えがあると感じていました。日本総研のような会社が意を汲み取ってくれたという実感につながれば非常に意義があると思います。未来社会価値研究所はパーパスの大きな船を牽引するタグボートのような役割になりそうですね。楽しみにしています。
(*1)米国のB Labが提供する、プロダクトやサービスではなく企業の社会的責任におけるパフォーマンスを対象とすることが特徴の認証。大企業からスタートアップまで4000社程度が登録している。